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大阪高等裁判所 平成2年(う)4号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋行雄作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中法令適用の誤りの主張について

論旨は、要するに、本件のホテルは、不特定多数の者に対して随時空室の提供をしており、来客が客室の入口を通過したときに、電気装置の作動により、管理人室のチャイムが鳴り、入室状況表示盤が点灯して、ホテル従業員において来客があったことだけを認識できるにとどまるものであるから、被告人が宿泊するためホテルに入室した行為をもって欺罔行為とすることはできないのみならず、ホテルの錯誤に基づく処分行為がなされたともいえないから、詐欺罪は成立せず、同罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し当審における事実取調べの結果を併せ検討するに、本件ホテルの営業システム及び被告人が本件当日同ホテルに宿泊した状況については、原判決が「補足説明」の項で認定しているとおりであり、同項において被告人に詐欺罪が成立する理由として説示するところも正当であると認められる。

すなわち、本件ホテル(いわゆるモーテル)においては、利用客は、客室に入る際に従業員と顔を合わすことも、また、従業員に断ることもなく、開放された出入口からガレージを通り自由に二階客室に上がってこれを利用することができ、利用後に管理人室に電話して料金を支払って退去すれば足り、直接従業員に対して客室の利用の申込をするものではないが、ホテル側においては、ガレージシャッターの降下によるブザーの音と各部屋を表示する赤色ランプの点灯、あるいは、客室入口ドアーを開ける際のチャイムの音と赤色ランプの点灯によって、来客のあったことを確認することができ、その後、ガレージの二階上がり口にあるドアーに外から施錠するなどして、料金の支払を確保する手段をとるシステムになっているのであって、このようなシステムは、他人に顔を見られたくないという利用者の心理に配慮したに過ぎず、来客の出入りは、人目につかない方法で、通常のホテルと同様、常にホテル従業員においてこれを把握し得る態勢にあるから、本件ホテルにおいては、来客がガレージのシャッターを閉めたり、あるいは、客室に入った時点で、宿泊等の申込があり、ホテル側において客室の利用を許容したことをもって、これを承諾したものとみるのが相当である。所論は、ホテル側は、来客が来る前から空室の提供という処分行為をしており、来客の入室は、ホテル側の客室利用契約の申込に対する承諾に過ぎないと主張するが、本件ホテルの客室利用契約の形態も一般のホテルの場合と同様に解すべきであり、本件ホテルがいつでも客が客室に入れるように開放しているのは単なる申込の誘因に過ぎず、客としては客室に入る等の段階で契約の申込をし、それに対し客室等の利用を許すかどうかの諾否の自由があるホテル側において、その利用を許容することによって契約が成立するものと認めるのが相当である。この場合、現実にはホテル側において来客の人相風体を直接確認する方法に乏しいため、退去の際の代金の支払いが間違いないものとして、多くの場合宿泊等を許容する扱いになっているとしても、契約の本質を別異に解釈する理由にはならない(電話その他何らかの方法で、客室に入った客がホテルにとって好ましくない人物であることが判明したときは、その利用を拒否することができる。)。

これを本件についてみると、被告人は、本件当日金員をほとんど持たず、両親等が代りに支払ってくれることも期待できなかったのに、本件ホテルに宿泊しようと考え、徒歩でガレージを通りドアーを開けて二階の客室に上がり込み、翌日まで原判示のとおり宿泊及び飲食をしたこと、被告人が右の客室入口のドアーを開けた際、通常どおり、管理人室のチャイムが鳴り同時に入室した部屋のランプが点灯することによって従業員が被告人の入室を確認し、その後二階上がり口にあるドアーの鍵を外からかけていることが認められるのであって、被告人が客室に入った時点で、他の無銭宿泊や無銭飲食の場合と同様、宿泊飲食代金を支払う意思も能力もないのにあるように装って宿泊等を申し込んだものとして、被告人に欺罔行為が存在することは明らかであり、また、従業員は、離れた場所にいるとはいえ、ランプの点灯等により被告人の入室を確認し、被告人が宿泊や冷蔵庫内の飲食物の料金を退去の際に必ず支払ってくれるものと信じて客室の利用及び飲食物の飲食等を許容したものであるから、ホテル従業員の側における錯誤及びそれに基づく処分行為の存在も認めることができる。

以上によると、本件の場合も通常の詐欺と同様、欺罔-錯誤-処分行為-財物または財産上の利益の取得の一連の要件を具備しており、詐欺罪が成立するとした原判決の認定に所論の法令適用の誤りはない。論旨は、理由がない。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が本件ホテルの管理運営のシステムや来客探知の仕組みを認識していた旨認定しているが、被告人は、本件ホテルを過去に何度も利用したことはあるものの、右のシステム等については認識しておらず、また、被告人が本件ホテルを利用した動機は、一切従業員と顔を合わさずに空室を利用できることにあり、退去時までに宿泊代金を工面できないときはホテル側に告げるつもりであったのであるから、被告人には詐欺の故意が認められず、この二点において、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、検討すると、被告人が本件ホテルに過去に何度も宿泊したことがあることは被告人も認めているところであるが、所論がいう営業システム等をどの程度認識していたかについては、捜査段階の供述と公判になってからの供述に一部くい違いがみられるものの、少なくとも客室に入室することにより何らかの方法で従業員にホテルの利用客が来たことが通報されるということは認識していたことが明らかであり、したがって客室に入ることがホテルを利用したいという申込になることも理解していたものと認められ、原判決が「補足説明」の項で認定するところもこれと同旨と思われるから、その点の原判決の認定に誤りはない。そして、被告人は、金銭の持ち合せがほとんどなく、ホテルの利用代金を支払える見込みがほとんどないことを知りながら、それもやむなしと考えて、通常どおり退去時に代金を支払えるかのように装って客室に入ったのであるから、この段階で被告人に詐欺の故意があったことは明らかであり、この点でも原判決の認定に誤りはない。そうすると、被告人に詐欺の事実を認めた原判決は正当であって、論旨は、理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西一夫 裁判官 岡次郎 裁判官 清田賢)

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